考察

日本の人材不足が深刻で世界ワースト2位なのは、それが日本の良い所だからという話

ちょっと真面目に書いてみようかなナウっ!という感じで、早速ふざけて書いてごめんなさいのセナです。皆さまお久しぶりです。

さて、下記のニュースがちょっと目を引きましたので、外から見た人間の感覚として考察記事でも書いてみようかなと。人材のミスマッチが世界トップレベル、つまりは必要な専門職がいないよー。という結果ですね。そらいないだろうよ(笑)という記事を今日は書いてみようと思います。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000160.000008738.html

IT系の留学と海外就職のサポートばかり5年もやってると、日本という国の良い所、悪い所等、色々自分勝手に考える癖がつきまして。まぁそもそもすべての物事には良い面と悪い面が必ず存在するので、結局のところそのバランスを考えつつ生活するしかないわけだから、どっちが良い、悪いという話はではないんですが、それでも言いたい事はあるわけで、書きたいことを書いてみます。

前提

まず、前提として普通の人は自分がしたい事を見つけることができません。僕自身は元々夢とか目標とかをもって行動した事なんてない人間なので、正直「自分がしたいこと」なんて言われてもピンとは来る事はありません。目の前にそれがあったからやるという感覚が強いタイプですので、その辺に言及はしません。

とりあえず今日は、自分が『これがやりたい!』と行動出来ている人には何も当てはまらない記事を書きます。

大体そういう人たちからすると、上記の『人材ミスマッチが最低レベル』と言われても、彼ら「自分のしたいことが出来てる組」からすると「???」としか思わないからです。なので、この記事で書く事の全ては「自分がしたい事を全力で頑張る族」には全く当てはまりません。そして当然僕らはそういった人達を全力で応援するべきなので、自分がしたい事を全力で前に向かってやれてる人は「こういう考え方の人もいるんだー、ばかだなー」程度に見てくれれば良いかなと思っています。

逆に未だ迷える子羊を続けている方は目ん玉かっぽじって読んでくれても…、得に何か得られる物があるとは思いませんのであしからず。

とりあえず日本って新卒文化(実力無くても就職出来る)よね

会社辞める時の引き止め方、日系と外資の差は分かりやすい。 日系: 会社に恩は感じないか?次の会社でも中途じゃ上に行けないぞ? 外資: 次の会社は幾ら出す?それ以上出すから残ってくれ!何なら本社社員として雇い直す! JVで日系外資両方の引き止めを受けたのは貴重な経験ではあった。

— バケツ@グルガオン→ジャカルタ (@Bucketz_jkt) 2017年10月21日

いきなり話がそれますが、上記のようなツイートがバズっていました。僕はこれだけ見れば日系企業の方に同情します。確かに海外に10年以上住んで、そのうち半分は日本人の海外進出のためだけに全力を出してきた立場の僕から見て、外資のやり方は海外のそれと同様である事が多いです。実力さえあればいくらでもだす。待遇面でも同様です。日本で仕事してて、海外に就職したら給与が急に3倍になったなんて話も本当にざらです。

ですが、海外(少なくとも北米圏)の若者を相手に、日本の失業率の低さ、新卒採用の話をすれば、8割方は『羨ましい』を連呼します。

で、上記のツイートに戻るわけですが、そりゃぁ新卒文化のある日系企業からすれば『本来、学校でやるべきことを信じられないくらいの学習コストを負担して、何もしらないド素人に研修という名の元に人員割いて教育して、新人なんて大して会社の利益にならないのに、そんなうちから福利厚生ちゃんとして、場合によってはボーナス出して。そこまでして他所行くなんて…恩は感じないの?』と言いたくもなるわと。

会社目線から見ればそんな感じ。個人から見れば『新人は会社が育てるべきもの』なんでしょうが、そんなん世界水準から見て異常でしかないので、北米圏の若者から見れば「Oh!二ホンのかいしゃは新人にキョーイクまでしてくれるんですかー!あんびりーばぼー!失業率ヒクイー!二ホンスバらしいー!」となるわけです。

どの国も失業率を抑えようと必死で、そうした環境を現実にした日本には感服するしかありません。

というわけで、会社が『恩を感じろ』と豪語する事に、必ずしもダメ、絶対。とは言えない感情がここで湧き起るので、立場上は『ほら外資いいだろ?海外挑戦したら?』と言うべき所、言いたくないという思いがそれなりに出てきます。

ちなみに上記のツイートされた方には当てはまらないと思うのと、あくまで僕の意見なので、その辺は悪しからず。

あと、たまに実力=学歴と勘違いする人がいますが、当然その学校で学んだ分野が仕事に直接役に立つのであればそれは間違っていないでしょう。

ですが実力とは「目的を果たすために実際の行為・行動で示される力」を意味するので、ここでいう目的が会社や社会での貢献である以上は、実力なんてゼロに等しいのです。一種のフィルターにはなるでしょうね。あと、北米も学歴社会じゃないかという人がたまにいますが、あれは学校機関を通して何をしたかが前提となっている事が多いので、

『有名大学でフランス語文学を学んでいました、事務職を希望します!』⇒『おぉ!あの有名大学なのか!(何学んでたか知らんけど)採用!』

みたいなイミフな状況は(全くないとは言わないけど)そうそう生まれません。毛色が全く違います。

そもそもどっちを選ぶかという話

さて、そもそも論として日本の良い部分である「平等」という言葉は、優秀な人を押し付けて、不出来な方を押し上げる事から成り立つものである事は、全員の合致が取れる事柄じゃないかと思います。

具体例として、新卒があるからこそ成り立つとも言える就業率、普通の世界的一般常識で考えれば『自分達の会社のメリットにならない人材は雇わない』なので、現代のような新卒文化は起こりえない。単刀直入に大学時代に『自分探し』をしてる人の大半は世界的常識で見て何も出来ない人が多いので、仕事なんか無いわけです。

(New Gradsを採用する会社なんかはありますが、あれも出来ない人はプロベーションで首になるので新卒と同義にはならないかと)

それを日本の失業率低下と就業率向上に同時に貢献しているであろう新卒制度を使ってようやく皆と平等にギリギリのラインで立たせてもらっている。日本様様なわけですね。

弱きを助け(実力が伴わないのであれば会社が補い)、強きが損をする(そんな実力が伴わない人達と同じ待遇orz)。これが日本の良い所でもあり、悪い所でもあると思います。

もちろん、一部のスタートアップや採用に対して力を入れる会社は、新卒文化の中でもきちんと実力がある人を採用してますよって会社もあるにはあるでしょうが、国とは大企業を中心に判断されるのが現実ですので、大きい会社さんがそうう状況である以上は日本=そういう制度となるのは現実なわけです。(まぁそれが当たり前なら人材のミスマッチなんて大分減るでしょうしね)

というわけで、日本で専門職が人気無いのは当たり前

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000160.000008738.html

ようやく本題に戻る前に、何度も言いますが『やりたくて専門職やってる』という人に当記事は何も該当しません。が、世界の大半はやりたくも無い事を仕事にしている人が8割、下手すれば9割である現実が前提となります。やってみて好きになる程度の人が多少いれば御の字でしょう。

そういう大多数の人たちが動かなければ国の評価はいかんともしがたいわけです。

というわけで、残念ながら祖国日本において、一般人の思考回路としても専門職になるメリットが普通に考えて皆無に等しい。ちょっとPCに興味があったとしても、多少ゲームやプログラミングに興味があったとしても、実は人工知能に興味があったとしても、実は普段使ってるスマフォアプリを自分も作ってみたかったとしても、そんな興味押しつぶして事務職とかに入った方が圧倒的に楽で、安定する。僕らの業界の人であれば「その程度しかやる気が無かったんだろ」って突き放すでしょうが、突き放した結果が世界的に見られる専門職ワースト国のレッテルです。

  • 新卒一括採用で皆平等に雇ってもらえるのであれば、別に今頑張る必要が無い
  • 周りを見渡しても専門職で裕福な人がいるわけでもない、稼げるわけでも、待遇が良いわけでもないという印象
  • 一般的な事務職を募集する大企業は福利厚生がしっかりしていて、住居手当も出て、交通費すら出るのに、専門職を募集する企業は出る所が少ない
  • そういう大企業は専門職を求めてない、目指すメリットが無い
  • 結果:多少専門職に興味があっても、目指すメリットが思いつかないので押しつぶして普通に生きる

こういう図式は安易に想像できます。ぶっちゃけここ違うんじゃないかなって思う所も多いので、全然違うって方は是非世界的専門職ワースト3位国がジャパンである理由を教えてくだされ。

もちろん、こうして流されて銀行員なり何なり、以下のようなニュースであたふたするのも自由です。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22843370Y7A021C1MM0000/

これも何も考えず銀行員になるのではなく、そこで自分の能力をどう生かすかが中心に銀行員を選んだのであればあたふたする必要は無いはずです。

それは誰かが悪いのではなく、多くの企業で必要とされる能力(現代必要とされる能力)を持たない自分が悪いだけの話。現代においての安定とは、いかなる環境下でも必要とされるスキルや能力を持つ人間が真の安定を手に入れるのです。そんなん別に言わなくても分かりそうな物でしたね、失礼しました。

エンジニアの例に移れば、友好国のアメリカさんでは億万上者だったり、悠々自適な生活を送るエンジニアだったりが散々もてはやされております。日本人エンジニアはそれを美徳と考えるのか『お金の為に働いているわけではない』とか言いますが、結局のところ人々に希望を与えるの最初の一歩はそういう俗世間的な憧れなわけなので、専門職はそれまでの努力の総量に応じて、心身ともに裕福でなければなりません。これは別に当たり前の話をしているだけです。

なので、日本の専門職が憧れの的とならないのは、僕ら現役世代にも大いに責任があると考えます。稼いでる人はもっと稼いでる事をアピールし、自由である人はもっと自由である事を主張するしかないのです。こう書くとなんか嫌な奴っぽいですが、ような目立つ必要があるわけです。柴咲コウ頑張れ。

だいたい、バンバンミサイル打ってる迷惑な国でさえ、エンジニアは戦士だなんだともてはやされているのに、なんだこの差はと言わざるを得ません。

そういう俗っぽい所から来る憧れが、結果として10年後の業界を盛り上げるきっかけになるわけです。これは悲しい話ですが、現実としてそういうもんだと思います。

もっと腹立たしいのが、なんで中高生までエンジニアがなりたい職業ランキングで1位なのに、大学生になって一気にランキング下がって事務職が一位なんですか。この中高生が大学生になった時、同じくエンジニアになりたいと思ってる人ってどれだけいると思いますかね。いないよ、今のままじゃ。

http://diamond.jp/articles/-/142326 https://gakumado.mynavi.jp/gmd/articles/49648

もちろん、何度も書きますが僕はそれ以外の人たちに嫌われたくはないので『自分がやりたいからやってる』人たちや、『社会的に意義があるからやってる』という人たちは当然素晴らしき人です。僕の周りにもそんな人達ばかりなので、刺激にしかなっていません。

ですが、今回議題に出しているのは『日本が専門職にとってクソな国としてみられている(内からも、外からも)』という事実です。別に他人にどう見られようが構わないという方はそれで良いのでしょうけど、僕は嫌です、腹立って仕方がありません。

あとついでに、若い世代が見ているもの=お金じゃない、という事は考えました。最近の若者は金の為に働いてはいないなんてよくニュースにもなりますが、その代わり出てくるのはライフワークバランスとかいう、人として当たり前過ぎて、なんでわざわざ横文字にしたの?っていう単語が象徴とする、時間に対するあこがれ。

その場合は上記の事例で言う、お金が時間に差し変わるだけなのかなと思うので、別に深く言及しません。IT億万長者たちも時間に追われているでしょうが、流石にその辺の一般人以上に有意義な時間の使い方はしてるでしょうから、ライフワークとは遠くなるかもしれませんが別に良いでしょう。

結局どっちを取るかという話

冒頭から述べているように、日本の新卒文化に代表とされる弱きを助ける制度は目まぐるしい成果を上げています。今回の衆院選のデータや演説も投票の為に見られる範囲で見ていましたが、更に就業率が上がったと聞いた時はすげぇと思いました。「元々信じられないくらい高かったのに…」という感じです。ただ僕個人の意見としては明日の動向すら見えない現代において、その安定性は果たして意味があるのかな疑問も感じているので、全て好意的にとらえる事はできていません。

ですが、じゃぁ専門職等が人気を出すよう、専門職の全体給与を上げ、実力主義で給与の配分を決めようなんて事をしたら、現状の就業率の高さや失業率の低さは保てないでしょう。実力主義で頑張った人が認められる社会というのは、基本概念として差別的であるからです。

なので、そんな新卒文化に味を覚えて会社の貢献に甘んじている人が「外資いいなぁ」となっても正直意味なんてないでしょうし、そもそも生きてる文化が違うんじゃないかと思わざるを得ないというのが正直なイメージです。

現状僕が言える事としては、実力社会で自分が頑張った分だけ成果を出してほしいというのであれば海外で頑張れば良いし、自分に実力が伴っていない事が前提で動くのであれば、日本でしか生きられないという事です。こう書くと、好きな日本に住める自分は幸せとか、論点おかしい議論にもっていく人もいますが、そうなると日本でも国外でも生きられる僕らはより一層幸せという図式になるので、いろんな意味でブーメランです。人生におけるオプションは多いに越したことはないので、そりゃ日本だけじゃなく国外でも活躍できる人材になる事は、国力アップにもつながるでしょう。

なので、僕の結論としては、日本で若いうちに海外で働けるだけの実力を身に着けた後、日本に戻るのが最強だと思っています。これは社会人だろうが学生だろうが共通です。

当然それが当たり前になれば、日本企業は一時衰退するでしょう、外資企業と日本企業は日本人の若者に天秤にかけられる事になります。そうなると、実力のある人間からして現時点の日本企業に勝ち目はありません。

日本企業は、そんな国外で通用する日本人であっても、自国に帰って尽力したいと思わせるだけの魅力を兼ね備えなければなりません。それは企業努力の方なので、勝手に頑張って欲しいところですが、残念ながら極一部のスタートアップくらいしか、現状国外で通用した日本人が戻りたい場所は無いようにも感じます。

https://anond.hatelabo.jp/20170403094257

とまぁ色々書きましたが、結局実力ある奴らは自由だし、なければ不自由だしと、非常に当たり前の話でしかないんですがね。

僕はIT業界を含め、クリエイティブな職種は現在世界で最も安定的な職業だと思っています。世界各国で実力さえあればどこでも可能性があり、上下関係が薄く、待遇も(普通の思考回路の会社であれば)良い、当然実力が無ければその辺の中学生にすら劣るので、ハッキリと命運は分かれますが、時代背景が移り変わりやすい現代において、学び続ける事は当然の事なので、折角学び続けるのであれば未来を作る職業に、安定を求めて選ばれてもいんじゃないかなと、そう思う次第であります。

また、最後になりますが、勘違いしてほしくないのは海外式だからじゃぁ良いかと言われればそれも違うと思います。実際住んでて感じるのは、やはり北米全土に共通して、お金のある人(実力を認めてくれる人)には優しいし、そうじゃない人には住みにくい。チップの概念なんて基本、お金のある人に良いサービスしたらもっともらえるよってのが基礎概念だし、Amazon.ca一つとってもプライム会員(多くの金を払う人)の配達速度は日本のそれに匹敵します。対して日本は、どんな人にも平等の質とサービスを提供してくれる、これは素晴らしい事です。

実力が追いつかない人でも淘汰されない世の中に一番近いのは日本だと思うし、実力がある人でも楽しめる会社が最近は増えてるのも事実。だから取捨選択でしかなくて、実力を認められ、住む場所、待遇、ポジション、全てのオプションを広げるという意味では、ボーダレスであり、流動的である現代において、海外という選択も当たり前に存在し、それを捨ててはならないという話にもっていきたかったけど、相変わらずまとめるのが下手なのでこの辺にしておきます。

それでは皆さん、良き専門職ライフを~。

『学び続ける』という事は『つらい』事なのか?僕が自由を手に入れるまでに見てきた学びのステージングの話

さて、超久しぶりの記事更新となります。もうぶっちゃけて良いと思うんですが、ブログを書くよりFrogや他の事の方が楽しくなったので、あんまり最近記事を書く事自体に対するモチベーションが上がっていません。頭では大事とわかってるんですが、Frogで十分アウトプットしてるし、もうよくね?って感じがひしひしと更新頻度に表れてるようで申し訳ないです。

ってことをポツっと呟いたら、会社のメンバーにめっちゃ怒られたので頑張って書きますです。だけど、確かに記事の更新は滞りましたし、記事書くより楽しいのは確かなので言い訳に聞こえても仕方ないのですが、書きたい事は一杯あるんですよ。ただ、なんかもう何書いてもFrogの宣伝みたいになりそうで、僕の趣旨に若干反する事もあるし、まぁ一応会社の事もあるし、あんま声を大にしてなんか言って炎上でもしようもんならと、それなりにビビってたんですが、それについても普通に怒られたので、やっぱり半泣きになりながら書きますナウです。

というわけで、今日は最近相談者の方から『IT系の人って、いつも勉強のイメージで辛そう…』と言う人がいるんですが、学び続ける事がつらいっていう完全に間違った感覚を正したいなと、学び続けたり何かに挑戦し続けるという事に、少なくとも僕は大変とか、つらいとかっていう感覚は『最初』以外感じないなと思ったので、そこんとこもっと詳しく文章にしておこうと思った次第です。

学びに対する認識の違い

いきなりですが、現在Frogという会社に留学相談をして留学する人たちは年間90名程、で、その中で自力で海外就職出来る人達が60名弱。「海外就職」という仮に東大出てようが難しい現状を考えればこの数字は個人的には奇跡に等しいと思うわけですが、年間90名の実際に留学する人達以外にも、単純に僕が留学相談に応じさせてもらう数だけで見れば年間で300名近くに及ぶんですね。大体相談に来て、3割の人たちが本気になって留学するという計算です。日本での相談や、現地での相談を含めればもっとで、Frogスタッフの中で当然僕が一番多くの相談を受け持つわけで、現時点で軽く1000人を超える人たちの人生の分岐点(留学)に立ち会ってきました。

で、その1000人の相談者は皆、留学して、海外でも生きられる拠点を設けよう、人生に多大なオプション(選択肢)を設けようと気合いを入れてこられるわけで、まさに人生の分岐点に立たせてもらってるというか、僕がそういう大事な瞬間に立ち会える事には誇りすら覚えるわけですけれども、僕自身が出来ることなんてたかが知れてて、これまで留学して現地就職した人達の経緯をデータ化して、そこに統計を出し、留学プランとして落とし込み、スキルの方針を立てる、まぁまとめれば大体こんな感じの事を毎回やってるわけですが、僕と同じような業界の人が殆どという事もあり、ほぼストレスフリーでやらせてもらっている間は僕もこれを続けたいなと思っている次第なわけであります。

ただ、そんな人生の分岐点に立ち、これから多くを学びながら事例の少ない挑戦をされる皆さんでも、やはり学びの姿勢についてはだいぶ差があると感じる事は多く、それこそ海外就職出来た人たちの事例なんかを紹介しながら、そのポイントをつかんでもらえればと試行錯誤はしてるんですが、なかなか『学ぶって、こういう事だよ』みたいなことを伝えても理解してもらえない。むしろ学ぶことが苦しい事と思われている節もあり、学びに対する誤解って相当大きいよねって思うわけです。

僕のイメージが適切かは分かりませんが、ガチで学びに従順な人というのは「楽」な人が多いと思うわけですね。僕は自分が楽をしてる事に誇りを持っているので、月~木までは一日2時間以上は仕事せず、金曜日だけ一日中仕事して、土日は基本ゲームして過ごしていますが、これは僕にとってみれば学び続けていたが故に当たり前の話なのです。

「学びと挑戦」なんてかっこいい言い方をするのはあれですが、要は遊んでいるだけです。あ、これ面白そうって思って試して、使えそうだと判断したら本気で挑戦して(勉強して)の繰り返しなので、別に仕事してるつもりなんてありません。

こんな僕を見て、セナさんはいつも忙しそうですよねって声を掛けられることも多いですが、遊びに夢中になって飲み会どころじゃないだけです。仕事なんてやってられっかって思う人も多いみたいですが、僕にとって仕事=楽しいものが基本だし、僕はストレス耐性ゼロ以下の人間なので、自分の理屈に合わない事は一切したくない、自分の理屈に合っていれば基本ストレスを感じる事はない、時間に縛られることも無い、ただ、それはそういう状況を作るよう、適切な学びとそのスタンスを辛い抜いてきたからに他ならないと思うし、相談者の中で「仕事のストレスでやばい」とか、「今すぐ辞めたい」とか、「人生上手くいかない」って嘆く人にはそうなって欲しいとも思う気がするので、今日は学びという物の適切なスタンスと考え方を、可能な限り自分の頭の中を整理しながら書き出そうと思います。

結局のところ、学ぶ人間は強く自由であり、学びを辞める人間は奪われる側に回るしかない

僕は一応会社やってますが、基本的なスタンスとして会社をめちゃめちゃ大きくしたいとは思ってないし、それ以上に自分の自由な時間を尊重しています。その自分達の自由な時間を使って新しい学びを得て、その学びを使い新しい挑戦をし、それをさらに周りに伝えていく。結局このサイクルが最も自分の自由に直結すると、齢30年を通して学びました。

よく「自分の自由な時間が持てない」って人の中には、自分の世界に閉じこもり、自分の仕事にだけ集中し、自分の利益だけの為に行動している人がいますが、世界トップレベルのフリーダム人間を自負する僕から見れば言ってる事とやってる事があべこべだなと思わざるえを得ません。この理屈を説明するのは僕のボキャブラリで限界がありますが、これもこの記事で頑張って説明していくつもりです。。。たぶん。

まぁでもそんな難しい事を書かなくても、学ぶ奴は強いし、学ばない奴は弱い、学ぶ奴は自由になり、学ばない奴は摂取され続ける。これは小学生でもわかる理屈なんじゃないかと思うわけです。もちろん学ばない人を助ける仕組みは必要だと思いますが、これは僕のスタンスとは異なるので、だれか別の人にお願いします。

学びのイメージを正確につかんで欲しい

さて、僕より自頭の良い人はたくさんいると思うので、意味合い的な部分は置いておいて、ここではそうやって何千人という人達の人生の分岐点において、海外挑戦というゼロから学んでいかなければならない人達をずっと見て相談に応じてきて、なんだか「学ぶ」という事に対して「疲れる」というイメージを持っている人と、そうじゃない人の差が激しいなと、そう感じるようになりました。Frogも就職率100%では無いので、当然100%に持っていけるよう努力していますが、結果を出すためには学びのスタンスもある程度説く必要がある。

まず、学んだことが多ければ多いほど、他人に提供できる物が増えるわけなので、金銭的にも時間的にも豊かになるのは理屈が通っていますね。これは当然皆さん周知の事実だと思います。もちろん学んだ事を適切に評価される環境も大事ですが、それは適切に評価される場所に行けばよいだけの話なので、その場所に行くために必要な事をまた学ぶだけです。なので、極端な事を言えば時間がどれだけかかるかは個人差があれど、学んだ事が多い人の人生はほぼ100%成功するわけです。ましてや現代にはネットもあり、学んだ事を公開する場所なんてはいて腐るほどあるわけで、尚更絶対の成功が約束されているわけです。

これは多くの方が既にお話していると思いますが、現代人が感じているのは『学ぶことが大事なのはわかってるけど、疲れるじゃん。自分には無理だわー』っていう、根本の部分だと思うんです。これは日本の学歴社会も多大に影響していると思いますが、僕は学校の勉強はしたことが無い人なので、他の方にお任せします。

とにかく「学ぶことは重要。でも疲れる」という大きすぎる誤解が、成功者とそうじゃない人の堺には大いに存在すると僕は思うんです。

一生学ぶという事は、一生疲れるという事なのか?

問題は「学ぶこと=疲れる」というマイナスイメージ。このイメージがあるからいけない。例えばエリート経歴の40代が急に会社リストラになって露頭に迷うみたいな話を聞いても、問題はリストラされたことでも、40代である事でもなく、その時代に必要とされる物事を一切学んでいない事に起因しているに他なりません。当たり前ですが、どんな会社でも利益(金、時間)を出したいわけなので、利益を出すために必要なスキルや能力をキチンと学習の手を緩める事無く身に着けていれば、リストラされようが屁の河童なわけです。これを「社会が悪い」だの「会社が悪い」だの「運が悪い」だの言ってる人を見ると「大丈夫かこの自称エリート?(笑)」と思わざるを得ないわけですが、そんな簡単な事すら忘れさせてしまうのは、学ぶことをやめた方が楽になれるというそもそもイメージがあったのではないかと思うんですね。

得にIT業界なんかは『一生学習』と言われるほどに仕事上での学びが絶対である職種です。学校や職場で学んだ技術が来年使えなくなるかもしれない、そんなことがざらにあるという事を伝えて、「えー、じゃぁずっと勉強じゃないっすかー。きついなー。やっぱIT系止めます」みたいな人は普通にいるんですね。IT系はビザも出やすいし、他国で必要とされやすいので、他業種から移る事を検討する人が多いので尚更です。

こういう人の頭の中にある一生学習(生涯学習っていうのかな?)、それを僕なりに解釈するとすれば、以下のような感じだと思うわけです。

  • 学びステップ1:大変さ100
  • 学びステップ2:大変さ100
  • 学びステップ3:大変さ100
  • (これが延々と続く・・・・・一生大変!)

図解しようと思ったのですが、めんどくさすぎたので、とりあえず数値とします。数字はその人にかかるストレス値です。100に近いほど死ぬほど大変です。徹夜なんて当たり前です。ブラック企業が可愛いもんです。100の状態は確かに『大変』です。

で、僕ら学ぶことや挑戦する事が好きな人の頭の中の学びに対する大変さはこう、

  • 学びステップ1:大変さ100
  • 学びステップ2:大変さ50
  • 学びステップ3:大変さ30
  • 学びステップ4:大変さ15
  • 学びステップ5:大変さ10
  • これが延々と続く

何を書いてあるかわかってもらえる人はあんまりいないと思うので、ちゃんと言葉で説明すれば、まず何か新しい事を学ぶぞっ!って時が「学びのステップ1」で、学び方を知ります。応用を理解するのが「学びのステップ2」、で、ぶっちゃけ仕事で活かせるレベルが「学びのステップ3」とそれ以降。前提は生涯学習し続ける事だから、それこそじいさんばあさんになっても学び続ける意識が必要(実現できるかどうかはさておき)。ただ、その意識にどれだけ苦労やストレス(大変さ)が加算されているのかがポイントになる。

学びのステップ1…大変さ、100%、レベルマックス!

仮にプログラマーになりたいと思ったとしても、どこで学べばよいのか、だれに学べばよいのか、どのくらい時間がかかるのか、自分に合っているのか、まぁそういう類の物を全てゼロから調べるわけだから、大変なわけです。それこそ寝る時間なんてあって無いような物。ブラック企業が可愛いレベルです。とにかく何でもはじめに学びだす時っていうのは大体数か月~1年間くらいは超大変。これは学びのステップ1なわけだから、仕方ないわけです。その学びを完遂させた時に待っている未来でも想像して可能な限りニヤニヤしながら頑張りましょう。

学びのステップ2…大変さ、50%

初めのうちの超大変で泣きそうな時期も終わると、その学習には誰に聞けばよいか、どの環境に居ればよいか、習得にどの程度時間が必要かが見えてくるので、ステップ1の暗中模索な大変さが無くなっている。だから自分が好きな分野にもっとフォーカスを置いて学ぶ方針を立ててもよくなる。そうすると、自分が感じていたステップ1での大変さがだいぶ軽減されている事に気づく。数字は僕の体感値でしかないわけですが、ここまでくるとステップ1はクリアしてるわけだから、継続するだけですね。これにも半年から1年くらいはかかるんじゃないかと思います。

学びのステップ3…大変さ、30%

ここまでくるともう仕事になってるレベルなので、学習を辞めてもぶっちゃけ(数年は)食っていける。一旦最初の学習の大変さが楽になるのもこの時期で、ここで学習を辞めてしまう人もいる。

学びのステップ4…大変さ、15%

もうご飯食べながらでも学べるようになってる、一日何時間も勉強に費やす事は無くなり、成功体験も増えてきているので、そろそろ違う分野で勉強したくなったりもする、ここまでたどり着く人はそんなに多くないので、アウトプットすれば皆が感謝してくれる。需要も見えているので、自分が学んだことは皆が必要としている実感からも満足感を得られる。自分が学んできたことは誰でも出来る事ではないんだという自信と共に、人材的な価値も上がって周りからも必要とされ、適切なアウトプットをしていればぶっちゃけ会社に頼らなくても生きていけるレベルになる。

学びのステップ5…大変さ、10%

もはやその分野における学習なんて朝起きて歯を磨くレベルの習慣。勉強してる気なんてあまりなく、普通に一日暇になる。この境地に至るまでおよそ3年。仕事にも困らない、需要も見えている、他人に感謝もされる。ただ、学習が癖になっている以上、何か物足りなくなる。ここからはその繰り返しです。

学びのステージ2

さて、ここまでくると10%程度の大変さしかないわけなので、だいぶ余裕ができます。そろそろ違う事を勉強したくなります。新しい言語なのか、マネジメントなのか、まぁなんでもよいです。この「次の学びに移る状況」を『ステージ2』としましょう。今まで勉強してた段階は『ステージ1』です。というわけで、一応学びのステージ2のお話もしておきましょう。

  • ステージ1の学び+ステージ2の学びステップ1:大変さ10% + 70% = 80%
  • ステージ1の学び+ステージ2の学びステップ2:大変さ10% + 40% = 50%
  • ステージ1の学び+ステージ2の学びステップ3:大変さ10% + 30% = 40%
  • ステージ1の学び+ステージ2の学びステップ4:大変さ10% + 15% = 25%
  • ステージ1の学び+ステージ2の学びステップ5:大変さ10% + 10% = 20%
  • ステージ1の学び+ステージ2の学びステップ6:大変さ10% + 10% = 20%
  • ステージ1の学び+ステージ2の学びステップ7:大変さ10% + 10% = 20%

ステージ1の学び+ステージ2の学びステップ1…大変さ、80%

さて、プログラマーとしての学習にも慣れてきたし、そろそろ新しい事を勉強したいと思いだし、何を思ったかブログをはじめて一発当ててやろう(?)と、ブログの勉強を始める事にしたとします。もちろん最初はステージ1同様、何から手をつけたらよいかそれなりに迷いますが、ぶっちゃけ一度は通った道なので、新しい事を学ぶ時の頼るべき場所の見当は付くわけです。そもそも1でキチンと学習を続けていた人には相当の人脈が出来ているので、ステージ2で新しく学ぶ時も助言してくる人は腐るほどいます。なんだかんだ時間はかかりますが、ステージ1の時ほどの大変さはないように感じますね。この時も朝飯の時間に多少ステージ1の勉強もします。もはや癖なので止められません。

ステージ1の学び+ステージ2の学びステップ2…大変さ、50%

さて、ステージ2の学びも早いもんで、もうステップ2です。やはり一度一つの分野を頑張った実績というのは、何を学ぶ上でも生きるんだなと、そういう実感と共に、自分の学習力の早さに「もしかして自分は天才なんじゃないか」という錯覚すら覚えます。そして「あ、自分高卒だったわ」と、天才ではない事にシュンとしてしまうわけですが、直ぐに自分が学んできたことが自分を支えている事に気が付き、立ち直ります。ステージ1で学びの本質はつかんでいるので、こんな無駄口が叩ける程度には余裕をもって学習出来ているわけです。しかし、このステージ2のステップ2では、それなりにトライ&エラーは繰り返すので、やっぱりそれなりに大変です。

ステージ1の学び+ステージ2の学びステップ3…大変さ、40%

今晩のごはんのおかずとかを考えながら学習できます。嘘です、ちゃんと学習に集中しましょう。集中力大事。

ステージ1の学び+ステージ2の学びステップ4…大変さ、25%

「今夜は夜通しゲームナイトだぜっ!」と、めちゃめちゃ久しぶりに徹夜したら翌朝15時間くらい寝てしまって。やっぱり徹夜は体に悪いんだなと、数年ぶりに実感します。「あー、歳食ったから徹夜できなくなったなぁ」とか言ってみますが「自分まだ25歳くらいだったわー」と笑い飛ばします。このフェーズになっていると、徹夜して残業してという思い出は遠い過去の物となります。あ、勉強もしてます。

ステージ1の学び+ステージ2の学びステップ5…大変さ、20%

だるぃわー、暇だわぁー。と言いながら学習できるレベルになっています。え?自分いま勉強してるんですかね?って感じで、HanesのTシャツのレビュー動画を見ながら学習できるレベルに達しています。Hanesいいっすよね。Tシャツ大好きっこなら是非一家に10枚。

ステージ1の学び+ステージ2の学びステップ6…大変さ、20%

そろそろ次の事を学びたいと思いだします。というか挑戦してもいっかなみたいな感じになります。この時点で26歳です。

次はステージ3です。

学びのステージ3

  • ステージ1+ステージ2+ステージ3の学びステップ1:大変さ10% + 10% + 30% = 60%
  • ステージ1+ステージ2+ステージ3の学びステップ2:大変さ10% + 10% + 20% = 40%
  • ステージ1+ステージ2+ステージ3の学びステップ3:大変さ10% + 10% + 10% = 30%
  • ステージ1+ステージ2+ステージ3の学びステップ4:大変さ10% + 10% + 10% = 30%
  • ステージ1+ステージ2+ステージ3の学びステップ5:大変さ10% + 10% + 10% = 30%
  • ステージ1+ステージ2+ステージ3の学びステップ6:大変さ10% + 10% + 10% = 30%
  • ステージ1+ステージ2+ステージ3の学びステップ7:大変さ10% + 10% + 10% = 30%

ステージ1+ステージ2+ステージ3の学びステップ1…大変さ、60%

適当に会社でも作るかーって気分になりました。この時点での学習も、まぁ新しい事に対して学ぶわけだから大変ではありますが、正直ここまで自分の学習を続けてきた人であれば自分の時間も収入も人脈も相当増えているので、もう適当にSNSとかで「起業の勉強しよっかなー」って投稿するだけで、知り合いとか紹介してもらえたり、むしろサポートしますよ!って名乗り出てくれる人が現れます。ただし、この人脈は「自分が学んで来たことのアウトプットの量から決まります。」あと新しい学習に対する金の力を実感してきます。ぶっちゃけお金積めばどんな事でも学べる、もっと良い環境で、もっと良い講師から、もっと早いスピードで教わる事が出来ます。講師も人なので、時給1000円で教えるより、時給10000円積んだ方がやる気だすので、金に物を言わせて学習の大人買いを始めます。この味を占めてしまったら、もう散財です。

ステージ1+ステージ2+ステージ3の学びステップ2…大変さ、40%

散財です。やべぇ、勉強するの楽しい。

ステージ1+ステージ2+ステージ3の学びステップ3…大変さ、30%

散財してます。やべぇ、勉強するの興奮する。

ステージ1+ステージ2+ステージ3の学びステップ4…大変さ、30%

超散財してます。

ステージ1+ステージ2+ステージ3の学びステップ5…大変さ、30%

貯金ゼロに近いです。29歳です。テヘペロ。

ステージ1+ステージ2+ステージ3の学びステップ6…大変さ、30%

この辺から寝ててもお金が入ってくるようになります。もはやステージ3に立てた人間にとって、お金とは自分が存在する事で自動でなる木の実のような存在になります。20代のうち全ての時間とお金を学習のために投資しましたので、その恩恵を受ける時です。

ステージ3の人…大変さ、30%

一年くらいニートしています。旅行なんて年中いつでも行けます。ニートと言っても、既に学びのステージ3のニートなので、息を吸うイメージで自分の次のステージの事も考えていますし、もはや二酸化炭素を吐くレベルの自然体で勉強しています。この時30歳くらいです。大変さも全体の30%くらいの感覚値で済む上に、ステージ3は周りが勝手に自分を必要としてくれるので、お金の心配はありません。

ステージ3の人…大変さ、30%

もはや働くって何?って感覚に陥ります。一週間のうち4日~5日は暇で、そろそろステージ4にいこっかな~という気分になります。クックパッド見ながらピザとか仕事中に焼いてます。

ステージ3の人…大変さ、30%(突然の焦り20%)

おっと緊急事態です。ステージ1(正確にはステージ1で勉強していた自分の得意分野)の需要が低下するらしいです!ずっと学習を続けていたので、直ぐ情報をキャッチアップできました!これではステージ2の人間に逆戻りなってしまうかもしれないので、余裕のあるうちにステージ4の学習を始めておきたいですね。ステージ3に居れば、こういう緊急事態にも即座に対応出来て良いですが、一度学んだ事が必ず一生実務で使える物だとは限りません。時代は変化するので当然の事です。なので、ステージ1の時点で止まっている人は危険な事が多いのですが、まぁ、何度も書きますがステージ1をクリアすれば後は学びの効率はとんとん拍子なので、別にそんな大変じゃないかな。

 

あとはもうこの繰り返しです。長い人生のうちどのステージまで上がれるか、非常に楽しみですね。

とまぁ、無駄にダラダラ書いてみましたが。「学習」とは、僕にとってこういうイメージです。学ぶ人間は自由になり、学ぶ人間は強く、学ぶことは自分をどこまでも伸ばしてくれます。ちなみに、中には常に学習のペースを100に保つことが出来る学びの天才がいるのですが、この人は確実に偉人となるべき存在で、僕のような怠け者とは違うのでちょっとあの人達の思考回路は一般ピーポーな僕には分かりません。たぶん僕のように学ぶことは大変時期があるとすら思っていないんでしょうね。すごい人達です。あと、ステージ1を限界まで極める人もいますね。この類の人も、活かす人が周りに居る事が条件となる場合が多いですが、相当な天才です。

 

そして最後ですが、世の中にはステージ1のステップ1にたどり着いていない人も多く存在します。受験勉強はこのステージの勉強とは別です。やらされ勉強であるウチは、あくまでも自己意思からくる勉強で無い事が多いので、僕の知る『学び』とはかけ離れています。っていうか、受験勉強をしたことが無い僕がこの類の『勉強』の話をするべきじゃないでしょうから、現時点では「違う物であることが多いと思う」という話だけに留めて頂ければと思います。

まとめに入りますが、大事なのは『めっちゃ大変(100%)なのは一生のうち、最初の数か月だけ』という事で、学んでいる人の大半が常に大変というわけでは無い。そして、一度学びの体系を完成させたなら、次のステージでは同じ大変さをしなくてよい。そして上記からわかるよう、学びとは自分を何物にでもしてくれる素晴らしく可能性に満ち溢れた遊びです。自由になるための唯一の手段です。

学びのスタンスや方針、考え方は人それぞれなれど、僕のように大変なのが嫌いで、ストレス耐性が無い人間だからこそ、学びが与えてくれる恩恵にあやかるしかないのです。

ただ、メディアに取り上げられる人の中には学びの状態を常に100に出来る系の人たちが多く取り上げられるので、学び=大変という印象が広まってもまぁ仕方ない話だとは思います。

 

さて、いかがでしたでしょうか。冒頭にも書いたよう、近年海外志向が強い人がとにかく増えていますが、まだまだその中にはやりたい事が見つからなかったから、今後に不安があるから、もっと自由になりたいからという人が多く見受けられます。海外は学習という点では、日本での経歴や学歴なんて(一部の外資系のスーパーエリートを除いて)殆どゴミ同然の立ち位置からのスタートになるので『学習』の本質を見返す良い機会となり、キチンとした学びのサイクルへ軌道修正出来る人は多いのですが、それでもアウトプットを忘れたり、生涯学習に未だ嫌悪感を抱く人が少なからずいるのも事実です。

こういう時、僕が高卒である話は非常に便利なブランドなんですが、学びの姿勢に学歴は関係ありません。活かせる環境にいるかいないかの違いだけです。こんな事を言えば学歴が良くないと良い環境(企業)へ入れないじゃないかとツッコム人も多いですが、そもそも学歴で判断する企業というのは、優秀な人材のフィルタリングの方法をそれしか知らないから仕方なく学歴で判断しているだけに過ぎません。きちんと学んだ人には、きちんと学んだ人を判断する企業がきちんと見てくれますし、自分から「僕っち、こんな事できるんだじぇ?」と豪語しながら足を運べばよいだけです。

学びを辞める言い訳に学歴を持ち出すのはお門違いとなるでしょう。普通に、そして理論的に考えても、学びを辞めなかった高卒と、学びを辞めた大卒であれば、高卒の方が偉く、給与も高くて当然なのです。もちろん、学びを辞めない優秀な環境で学んだ大学生には敵わない事が多いですが、それは仕方がない。学びの環境は大事なので、遅咲きなんだと割り切りましょう。

あとは、何を学べばよいか分からないという人の話はステージをクリアし続けたゲーマーな僕にはよく分かりません。新しい会社で営業部に配属されたのであれば統計と心理学を学べばよい。プログラマーになりたいのであれば適当に本を手に取るところからでも良いし、ネットからでも良い。人格に問題ありとされるのであれば人間学から学べばよい。宇宙飛行士になりたいのであればそのための勉強をすればよい。別に学べる事は一つじゃないんだから、今学べる事を一生懸命学べばよいだけじゃないんですかね?

ゲームでも、魔法でしか倒せない敵がいるのなら魔法を学ぶし、格闘でしか学べない敵がいるなら格闘を学べばよいですよね。唯一ゲームと違うのは、ゲームはレベルが100くらいまでしかないですが、人間はたぶん99999レベルくらいまで上げられるので、ステータスが上げ放題というチート状態な事くらいでしょうか?職業も選び放題で正にヌルゲーですね。

というわけで皆さま、良き学習ライフを~。

複雑化するWEB制作業界についてのこれまでとこれから目指す人達へ

さて、Frogの皆と一緒に書いているFrog Advent Calendar 2016、最終日という事で久しぶりにガッツリ頑張って書こうと思います。

Frogや僕のブログに限らず、WEB制作に携わる人であれば一度は「私もWEB制作者になりたい」と考える人から相談を受ける事って多いんじゃないでしょうか。

ある人は茨の道と言い、ある人はちょっと頑張ればなれると言い、また時代によっても相当意見が別れ、前線で活躍される皆さんも3年前に聞かれるのと、今聞かれるのとではまた意見も変わってくるんじゃないでしょうか。

というわけで、今日は僕がこれまで耳にしてきたWEB屋な皆さんのお話を元に、昨今どれだけWEB制作者のスキルセットや求められる物が変わってきているのかをざっくりとだけまとめてみようかなと思います。

北米圏で就職するときなんかはジュニアとシニアの枠に別れると思いますが、そういった区分を一度無視して列挙してみます!一応、先日いろんな国のデザイナー、デベロッパーと話をして各国の事情をアップデートしようと思い、知り合いを片っ端から紹介してもらい、雑談してきたのですが、その感想やアップデートを兼ねてるつもりです。ただし、当然個人に話を聞いたので、内容にも相当隔たりがあるし、統計といえる程の数は網羅していないので、あくまでも僕の感想としてのイメージで見てもらえればと思います。

それではいってみましょー!

デザイナーに必要とされること、これまでとこれから

まず、WEB業界を目指すときにはデザイナーとして活動したいのか、エンジニアとして活動したいのか、その2方向に別れる事が多いと思います。そして恐らく圧倒的に多数を締めるのはWEBデザイナーの方でしょう。これは一般的な人たちからも目に見えやすいという点と、デザイナーという言葉の浸透性が関係してくるかなと思いますが、例えば日本からWEB屋になりたいと言う大学生等から連絡があれば、大抵はWEBデザイナーという単語を使ってくる事が多いわけですね。

WEBデザイナーは健在か?

でも、正直な話WEBデザイナーというポジションは今やだいぶ下火にあると言いますか、廃れてきている感が半端ない。一昔前だと、ドットコムブームも後を押してグラフィック出身のWEBデザイナーが蔓延した時期もあったかと思いますが、個人的にはあの時代は結構めんどくさかった。完全紙テイストなデザインをWEBに持ち込まれて右往左往した時期もあり、通常のスタティックなサイトは相当困ったし、ただしFlash全盛期だったこともありそういった人達の需要もあったように思うんですね。

それが段々とWEB制作をわかるデザイナーが増えてきて、WEBデザイナーがコーディングや多少のJSライブラリを弄れるくらいが普通になってきた。WEBデザイナー育成コースみたいなのでも、普通にHTML,CSS,JS,CMSのノウハウや当時だとActionScriptだったり、PHP(もちょっと前はPerl)をベースにした簡易的なプログラミングなら出来るよって人もまた、WEBデザイナーを名乗って来たんじゃないでしょうか。

様々なブログやメディアなんかでもWEBデザイナーを目指すならコードが書けなければならない、それが普通だったし、それが当たり前になっていたのが今までだと思うんですね。

実際、その時期のAwwwardTut+なんか、大抵のHow to be a web designer系の記事は、大体コード書けよとかテクノロジーと共に自分をアップデートしろよって言い続けてきてたし、それが当たり前だったと思うんです。

ただ、最近はデザイナーとエンジニアの橋渡し的なポジションで就職する人も増えてきて「あれ、変だな?」って思ってたのがここ2〜3年くらい。デザイナーがコードを書くのであれば、そういうポジションは必要ないからという意味で疑問に思ったんですね。WEBデザイナーがコードを書くという風習がほぼ一般的だったのに大して、逆にデザインのスペシャリストとしてWEB制作会社に居るような形も増えてきた。日本のWEB制作会社の場合だと、コードが全く書けないというデザイナーが結構減ってきたと思う時期だったこともあり、「ん?」って思ったのを覚えています。

それだけデザインに対しての意識が相当大きくなってきてる証拠でもあると思うんですが、数多くの起業家達がデザインについての重要性について語り続け、なんとなくですがコードもデザインもというイメージというよりは、コードは(意思を伝えるために)実は書けるがデザイン面でのスペシャリストみたいな人たちが多くなってきた経緯の一旦にはなってるんじゃないでしょうか。

なので、例えばWEBデザイナーという職種1つとっても、少なくとも僕が海外(SFのような場所は特殊だとして…)にいた10年近くの間で、その姿かたちと必要とされやすさや求められる部分については右往左往してきていた感はあります。そういう背景があるからこそ、単純に良いデザインが出来れば就職出来るかと言われると、そうとは言いがたい程に多様化してきている。

良いデザインが出来るからというより、先ほどお伝えした橋渡し的なポジションに適しているからとか、純粋にコミュ力と提案力に長けているからとか、議論を臆することなく言える自身と根拠を持っているからとか、もう色々ですね。

デザイナーはデザインだけしてれば良いって事なのか

ただ、当然ドットコムブームの時のような、とりあえずサイトが作れれば良いという時代が終わっているのは確かで、上のような書き方をすると「じゃぁデザイナーはデザインだけ勉強すれば良いんだ」となりますが、たぶんこれも間違いで、一昔前にデザイナーがデザインだけ勉強してたら行けなかったのは単純に情報量の少なさが問題だったと思うんです。グラフィックデザイナー(という名のDTP)が全く媒体を無視したデザインを押し付けていた時代の意味での「デザイナーはデザインだけを」では無く、あくまでも現代の流れに沿ったデザインと、当然WEBと紙の違いに加え、何よりもコミュ力の重要性が増してきたのは間違いないでしょう。そしてコレを個人的に言いたく無いのはやはりDTPがWEBデザイナーとして乱入してきた時代が脳裏をよぎるからなんですが(笑)

UI/UXデザイナーについての感想

で、ここ最近当たり前のように耳にするようになったUI/UXが出てくるわけですが。まず僕の解釈を先に伝えておけば、例えば「UXデザイナーになりたいです!」って言われた時に、僕は未だにものすごい違和感があります。僕がUXという言葉を聞いて一番に思いつくのは、当然表現上のデザインでは無くどちらかと言えば分析/統計のスペシャリストかなって感覚。

ユーザーのポジティブ且つ双方のメリットを導き出すような体験を考え実現するためには、まず何よりも一番初めに来るのは当然デザインでは無くて情報設計の方、そしてそれらの根拠を持つためには多くの場合だと数ある調査、分析の中から正しいとされる道を導きだし、そこから議論を重ね、最善のユーザー体験へと導く仕事。デザインはその一部でしか無いわけです。このイメージが無い人がまだ相当多いと思うんですね。

なので、UI/UXデザイナーというのも、あくまでも「多岐に渡るUXの中で、またはUXを前提としたUIの実装を担当する仕事」というイメージの方が大きいと思うので、ぶっちゃけUIデザイナーでいいんじゃないですかね。私はUIを作る上で、UXも意識しますみたいな、そういう意思表示なのかなと思うんですが、とにかくUXデザイナーという職種に求められるのはワイヤーフレーム、プロトタイピング、ストーリーボーディング、ユーザーテスト、システムの使い勝手の調査、そんなん全部含めてUXなので、多少イメージを合わせた方が良いんじゃないかなと思うんですね。そもそもビジネス上の成功を意識出来ずにUXなんて意識しても仕方ない、っていうか喧嘩になるので、ビジネス上の観点だって当然必要になると思うんですよね。

UIデザイナーについて

WEBデザイナーに代わり(代わったわけじゃないんだけども)ほぼ最近のWEBデザイナーになりたいですって人たちはこちらの職種を最終的に目指す人が圧倒的多数ですよね。これはユーザーインターフェースをデザインするという点においてはWEBデザイナー時代との明確な違いを答えられる人って少ないんじゃないかと思いますが、なんかいろんな人にフルボッコにされるんじゃないかという恐怖と戦いながら書くのであれば、やはり専門性の違いが一番多く頭に浮かぶんじゃないかと思います。

例えば、ボタンの配置、大きさ、背景の色、フォントのチョイス、そういった物により意味と目的をもたせ、人に伝える事が出来る人、正直UIデザイナーが一番重要な点ってこの誰かに伝える部分なんじゃないかと、周りを見てて思うわけです。結構有名なUIデザイナーの方とかであっても「UIデザイナーという言葉が一般化しなかった頃はWebデザイナーって名乗っていたんだ」みたいな話は結構良く聞くので、粗方似てるとも思われて当然だと思うんです。

で、こういうWEBデザイナーでは無く今後はUIだみたいな事を書くと、結構よく議論になるのはWebデザイナーは広囲の意味で、UIデザイナーは狭囲みたいな議論。あれもちょっと違うと思うのが、これまでWEBデザイナーが広告的な表現、商品の売り方、ブランディング、そういうのも意識しないと行けないからWebデザイナーは必要みたいな意見。これは流石に「それってUXの仕事じゃね?」みたいな事になるので、じゃぁWEBデザイナーって何よとなる気がするんです。

個人的にはWebデザイナーという職種がより専門的な分野のスペシャリストとして見られてきた傾向としてUIデザイナーがあるというイメージで良いと思うんですが、恐らくSFのような超最先端の場所では既にWebデザイナーとUIデザイナーの逆転劇が年収面でも起こってしまっているみたいですが、まだまだSFみたいなIT先進国のみってイメージもありますね。その根拠に、indeedなんかで世界中のWeb DesignerとUI Designerの求人数を検索すると、やはり現段階ではWeb Designerの方が3倍近い求人数があるため、現代の状況で「UIデザイナー一択、WEBデザイナーはなくなる」と言うのは少し時期相応なイメージもありますが、ただ、シリコンバレーが時代を先導してきた様々な事実を考えれば、いずれはそうなるのは確かなのかもしれません。

デザイナー周りについての考えまとめ

なので、ぶっちゃけてしまえばWebデザイナーってつまり何する人なのか、最近は良くわからなくなって来たわけです。広告的な戦略やブランディングはUXが補い、それらをビジュアライズするのはUIが担い、あれ?WEBデザイナーってなんだったっけ?みたいな。それぞれに専門性を見出してきたと言えば良い事なんでしょうが、面白く無いとする人たちも一定数いる。

ただ、勘違いしてほしく無いのは今後それが顕著になる可能性があるという話で、現代を見てみると、未だにUIデザイナーよりもWebデザイナーの方が3倍近い求人数を誇っているため(indeed調べ)全世界的にそうだという話ではありません。ただ、今後を目指すという事になった場合に、Webデザイナーを目指すんだと、口にする人たちにはそういうイメージを持つ業界人もいるんだ的にとらえて置いてもらって、一旦落ち着き周りを見渡して考えてみるのも良いと思うんですね。

デベロッパーになりたいという人たちが考えるべき、今どれだけ複雑な業界と化しているのかについて

で、エンジニアもこれに似た感覚はあって、それこそ数年前までは求人に「ふるすたっくえんじにあぼしゅう」と書いてあるのが目に付き安く、フロントエンドもバックエンドもある程度のスキルが求められていた時期があったと思うし、今でも見ないわけではないんですが、以前程ふわっとした書き方は少なくなってきた感があるんですね。(フルスタックエンジニア募集と書いていながら、よく見るとJSフルスタックだったみたいな。)

ただ、これはもはや仕方がなくて、フロントだけ見ても毎年出てくるJSフレームワークや、HTMLやCSSの仕様変更、アニメーションの多様化、CMSの複雑化とスターターキットの一般化、数あるタスクランナーを筆頭とした制作環境の複雑化等、まぁあげればきりがないと思うんですが、結果としてそれらを取捨選択し、自分たちのスタイルを作る風習と、それを仕事にする人たちが出てきた。あとはトップがそういう選択を意識出来る人が増えたのかもしれません。

というわけで、僕の個人的な意見でしか無いですが、昨今をはために見ていると、僕が業界にいた過去12年くらいを振り返ると、ある時は様々なスキルを持つ人が筆頭していた時代から、各々のスペシャルなスキルを持つ時代へと変わっていってるような、時代がぐるぐる回っているような印象になるわけです。

WEBデベロッパーになりたい人に関係する様々なスキルセット

実はすごい頑張ってここから1000行くらい書いたのですが、説明するのが余りに大変だという事に気が付き、どっか説明してるとこないかと頑張って調べた結果、以下のようなYoutube動画を見つけたのでそちらで見てあげてください。

上の動画は2016年〜2017年におけるアナタが知っておくべきWebデベロッパーのためのテクノロジーについてまとめてある動画です。公開されたのは今年の夏なので、まだ新鮮な方の動画ですね。

で、次に2017年にWebデベロッパーが何を学ぶべきかについて解説してる動画ですね。これは先月公開された物なので、比較的新しいですね。

で、以上の動画を見た上で、これから(バックもフロントも的な意味での)フルスタックエンジニアを目指すというのであれば、流石にそこまでドMな方に僕が言える事なんて何も無いと思うので、その熱いパトスをお持ちの場合はそのままスルーしてください。あとは、コレ系の動画は腐る程あると思うので是非見てみましょう。今回は有名な誰がというより、僕の感覚に近い物をチョイスしてみました。

単純にこれは知っておいた方が良いよっていう項目数だけ数えても100種類以上ありますよね。中にはHTMLやCSSだけ書ければWEBデベロッパーとして就職できるみたいな人は未だに居るらしいのですが、どうやったってそれらはこれらの業界的には覚えていたい技術の2,3個でしか無いんですね。

もちろん、これらの動画で取り上げられている項目の中には、エディタだったりあとは個人的にはそんな重要かねって思うような物もいくつかあったりはするので、単純に項目数だけで何かを語るのは断じて間違いなのですが、それでもわかりやすいので項目数を挙げてみました。

これからWEBデベロッパーを目指すに当たって

じゃぁ、これだけ沢山の技術があるから無理って話なのかと言えばそういう事でも無いと思うんですね。例えば突然現役のデベロッパーに話が逸れるのですが、React人気が後を押して、Reduxに興味を示すデベロッパーは多いと思うんですが、僕は正直に言えばReduxはあくまでもReactベースでの開発課程の中で、コンポーネント多すぎ死ぬってなりFlux的に管理していきたい時に採用すべき魔法みたいなフレームワークのイメージが勝手にありました(笑)だって、大体React系の開発者ばかりがRedux紹介するからなんですが、今ってVuex(Vue + Redux的な)なんて物も既に存在するんですね。これ僕知らなかったんですよ…。

え?業界10年以上も居て知らなかったの?と笑うがよいですが、多分全てを追いかけて網羅するのはそろそろ相当難しいですし、上のツリーマップ上でも触ったこと無い物が正直僕の場合半分くらい占めています。

なので、ここはもう順を追って必要な物をチョイスしていくしかない。僕のようにビジネスにどっぷりみたいな時期が数年あるだけで、業界界隈の人をベースに情報収集してようやくしがみついてる状況なので、何十年その業界に居たら大丈夫みたいな、年功序列な考えはまずありえない。

新卒文化が全く無いカナダにおいても、ジュニアやシニアという考え方はあって、シニアデベロッパーはこれらの技術に対しての意見とメリットは意識する必要はあるかもしれないけど、これから業界に入るという人にとっては、例えばある程度フロントかバックか自分の方向性はイメージしておき、その分野に対しては必ずBasicとなるまず言語やフレームワークが必ずある。まずはその部分に対して書き続けて見ることなんだと思うんですね。HTMLやCSSに関しても、書けるようになったと思えばクラスのネーミングルールや新しいバージョンの勧告なんかがなされてこれまた右往左往する。

フロントエンドのエンジニアなのであればJSをある程度覚えた後、結果として物足りない部分や時間が掛かりすぎていた箇所なんかが出てきて、そこに昨今便利とされているフレームワークや便利なライブラリの存在を知り、導入を検討すれば気がついた時にはその時代において最も新しい技術を採用していた。これが理想ではあると思うんです。

ただ、これは特に現役エンジニアに多いと思うんですが、やはり現状の複雑さにだけ目が行く傾向が多く、それはそれで間違ってなくて(その意思がRiot.jsみたいなのを生むんだと思うし)、最近は便利さを追い求め過ぎてむしろ複雑化しすぎている傾向にはあると思うんですね、ただ、ここで少し若いエンジニアとそれなりに経験年数が多いエンジニアとで、もはや言ってる事が違っていて、携帯は通話だけ出来れば良いじゃないかとガラケー時代を彷彿とする議論と、様々なプラスアルファの機能や問題解決に目がくらむスマフォ世代の論争のように傍目から見ていると思わなくも無いわけです。

そしてこれは恐らく両方とも正しくて、そもそも新しい技術は何かの不便を便利にするために生まれ、それらが生まれ続けた結果またその全てを管理しやすい何かが生まれるみたいな、結局それのイタチごっこで落ち着いたと思えばまた次が出てくる。これはエンジニアにもデザイナーにも同じ事が言えますね。

これからWEB制作者になりたいという人に僕が伝える事

なので僕が今からWEBデベロッパー/デザイナーになりたいという人が『WEBサイトを作ってご飯食べれるようになりたいです』と言えば、学生であればハマれと言い、社会人であれば3年間くらい画面に張り付く覚悟があるかを問います。

結局、これらの技術の全てって、興味と関心が生まれなければ疑問にすら思う事は無いし、疑問に思わなければトライすることが無い、トライしないと完全に孤立を食らう業界だと僕は思っています。正直、好きこそモノのなんとやら、じゃないですが、どれだけ作り続ける事に情熱が注げるか、作っていく中で生まれる疑問や疑念に前向きに接する事が出来るか、で、それらの制作工程の中で一度何かの拍子でこれ面白いなと思えた所から深掘りしていくしか無いんだと思うんですね。

なので、現役のデベロッパーやデザイナーに「何から勉強したら良いか」と聞けば、結構困った表情を浮かべる事が多いでしょう。そりゃ時代に応じてハマるための入り口や疑問の種が全く違ってきてるんだからしょうがない。とりあえず大多数がしている事をレールのように達成していればなれるかと言われれば、それもまた違うと思うんですね。どれだけ高名なBootcampであっても、どうしても脱落者が出るのは仕方の無いこと。個人に依存しやすい業界だという事なんだと思います。

幸いな事に現在は世の中にオンラインで学ぶことの出来る様々なチュートリアルが存在しますし、あと先日久々にLynda.com行ったらすごい進化してた。Ted.talk並に字幕システムが充実していたので、その辺の英語ラジオなんて目じゃないくらいに英語の勉強にも良いと思います(笑)

そういった物をベースにとにかく自分の興味をそれらに注ぐ事が出来そうか、表面的な部分だけでもまずは触れてみる事から初めても良いんじゃないでしょうか。

色々と差を伝えられやすい日本と海外の業界事情においても、そこだけは共通という事で良いんじゃないかと思います。(まぁそれらに興味を持てる教育機関の数や質の差も関係はするでしょうが…)

 

以上、僕が「Web制作者になりたいんですが…」と言われた時に答えていたり、頭の中で考えていたりする事をとりあえず記事にしてみました。本当はFrog Advent Calenderに参加頂いた皆様にも感謝の気持ちと、僕が年末ちょっと時間取れなくてあまり積極的に参加できなかった事をお詫びしたかったところなんですが、その辺はFrogのブログの方で年末年始にでも書きたいと思います!

とりあえず、なんとか25日に間に合ったという事で、皆様本当にお疲れ様でした!これからも色々聞くことが多くなると思いますが、是非今後とも下僕を見るような目でお付き合い頂ければ嬉しいです!

現代における留学が無意味だと思う5つの理由と、目標とすべき5つのこと

僕はFrogというクリエイターの留学サポートを行う会社を運営しています。僕自身もWEB業界の人間なので、未だに色々なことを聞かれる事が多いですが、もちろん今日は僕自身の留学経験の話をしようとは思っていません。

相談を受けるようになってからは早4年が経ち、海外生活は人生の約1/3を迎える事になってしまいましたが、僕はここ数年、留学というキーワードと結構真面目に向き合ってきました。どれだけ大きな留学斡旋をしているどんな人より、少なくとも僕らのクリエイティブな、専門的な業界における留学では最も情報と知見を広げてきた自信があります。何十社という会社を周り、何百人という相談者を話をし、様々な国のクリエイターと話し、政府公認のコンサルタントや弁護士とも幾度となく話をしてきました。

その結果として出した答えが、今の日本の『留学』は半分終わってる。少なくとも今のままじゃあまり意味を成さない。グローバル人材が必要だと言われる昨今の中、年々留学生の数が落ちてきているのに対し『内向き』だとかなんとか言われていますが、そもそも海外に渡る事で得られる物よりも、失うものの方が多いという判断になってるからだと思うんですね。

というわけで、今日は専門職ながら留学という物にずっと向き合ってきた僕が感じる、日本に必要な留学の形の事を書こうと思っています。

ただ、今日僕が書きたいと思っているのはキャリアにおける留学であって、観光や世界観構築のための留学では無い事は、先に断っておきたいなと思います。

現代の留学が無意味だと思う5つの理由

理由1.留学が観光の延長になっている

『現地の人と友達になれればOK』これが現代における留学の9割であり、その殆どだと言って良いと思います。で、実際海外を観光したことがある人はわかると思うんですが、正直、現地の人と友達になるレベルであれば、それって観光で十分なんですね。

カナダという国においては特に観光ビザでも語学学校へ通う事は可能なわけだし、日本にだって外国人は沢山居ます。今ならオンラインの英会話を受けるなり、インターネットで文通相手を探すなりでお友達を作る事は非常に簡単になってる。

語学を学ぶという面で言えば、冷静に考えると海外に行く必要性はほぼゼロな事に気づくこともあると思います。それがほぼ誰の改革も審査も無く、ノータッチな業界である事と、既存メディアの力や先駆者がまだまだ強く、その冷静に考えればわかる事に蓋をするように『私は海外に出たからこそ英語が出来るようになりました』みたいな方向へ無理やり持っていってる。それにも限界が来ているような気もしますが…。

何はともあれ、今の留学という業界における実態の、ほぼ殆どは『観光』。文化交流と言う名の外国人の友達を作って、英語勉強してそれで終わりなので、観光ビザで殆どが実行可能なレベルであり、そりゃ『ブランク』を嫌う傾向にある日本企業からは特にですが、社会人の留学なんて意味が無いと思われても仕方ない。実際、海外へ渡った日本人の実態を調べるため、あらゆる人材育成や紹介を行うプロの方々のお話を聞いても意見は変わらない。学生の留学も休学までしてやった割には新卒で得られる年収や待遇に大差が出るわけでも無い、就活時にちょっと話のネタが増えるレベルで、むしろデメリットになる可能性すらある、それなら近しい業界でインターンしてた方が余程良かったとなる。留学生が減るのも理にかなってるわけです。

理由2.エージェントが学生のキャリアまで考えていない

で、これって誰が悪いかって言えば、別に留学する人が悪いわけじゃないんですね。留学という物自体を商品だとし、キャリアをまるっきり意識しないエージェント側の姿勢にこそ、問題があると思っています。

留学を斡旋する業者が力を持っている国や地域、この人達は学校に学生を紹介すると紹介料を受け取ります。当然、企業である以上は利益を追求しなくてはならないので、紹介料の高い語学学校へ送るし、大抵の語学留学生が学校に求める物なんて『スピーキングを伸ばしたい』、『外国人の友達が欲しい』の2点なので、とりあえずベースで作らせるなり、スピーキング対策してるという学校(ほぼ全てですが…)のコミッションレートの良い所へ生徒を送る。

正直な話、語学学校に関して明確な違いがある所なんて殆ど無いと言う学生も多く、勿論海外の大学進学やIELTS対策、TOEFL対策なんかの試験対策は別ですが。とりあえず大勢を日本から呼び寄せて学校へ通わせる事がエージェントという“キャリアの一部を共に考えるべき組織”の目的になってしまうと、その人、個人個人のキャリアにまで目が届くことはまずないし「とりあえずワーホリ取っていけば良いよ」で、良く考えもせずに一生に一度の機会を軽々しく使わせる。

そうじゃない所はサポート費用として入会金のような物を支払ってもらい、留学申請のサポートをする。サポート内容は極簡単で『普通、英語出来ればやれることを、あなた達は英語が出来ないから10万くらい払ってその分日本語で対応してあげますよ』という物。英語を学びに行くという事が目的の人たちがそんな機関使ってて良いのかという、なかなか矛盾にあふれている話だと思います。

申請方法まで教えて後は良い勉強だから自分でやってみようねとするべき人もいるでしょうし、当然必要な情報は全て伝える必要はあるでしょうけど、その場合は10万とか20万のようなサポート費用なんて取る必要は無い。仮にもし有料でやるなら日本でその位のことは出来るまでの対応力なりをつけるためのサポートに尽力すべきじゃないかな、とは毎回思います。

また、とりあえず自分たちの利益のためにと、その人のキャリアをガン無視で平然と大金を積ませて留学させる傾向も、僕はどうかと思います。僕自身が留学した時もそうだったんですがワーホリ以外のビザの種類すら知らされていなかった。海外の大学のカリキュラムや専門学校、CS(Continuing Study)、Bootcampとか、この辺行かれても利益出ないから、不要な情報は伝えないし、そもそも知ろうともしない、そんな姿勢で留学生のキャリアなんて向上するわけがない。当然キャリアのプラスにならない事に必要性を感じなくなるのは当たり前で、留学生は減る一方。そしてそれは懸命な判断だと思わざるを得ない状況のわけです。

理由3.そもそも英語だけ身についても意味がない

日本で日本語が使えたら日本においてやり手のビジネスマン、またはそれを意図したキャリアを歩めるかと聞かれれば、当然NOなわけなんですが、それと全く同じ理屈ですね。言語を覚える過程で、文化を知ったとしても、その文化の正体が”安い居酒屋の場所を覚えて可愛い女の子とお話をする”ような目的の言葉を操った程度で得られる事は、その国へ旅行したときの選択肢が広がるくらいで、グローバル市場において活躍出来る人材とは程遠い。

もちろん、万に一人の地頭の良い人は違います。語学留学の中でも自分がなすべきこと、専門性や特技と言える物を見つけだし目的と定め、その目的に対して顕著な努力を重ね、グローバル社会でも通用するだけの経験を積む人が極々…極稀に存在します。

そういった人たちからすれば留学の形なんて関係ない、海外という地に足を踏み入れた時点で「ただ平々凡々とやっててもダメだ」という意識があったり「自分から行動しなくては」という考えがある人ならそれで良いんですが、元々がレール社会である日本からそういった学生や留学生がやってくるかと言われると、それは流石に極々稀としか言えないと僕は思うんです。

英語公用語という言葉を聞くようにもなって久しいですが、例えば日本で服売ってた人が英語喋れるようになっても、それが服を売るというフィールドにおける英語じゃなかったら業績向上の面からは(ゼロじゃないにしろ)ほぼ意味無いわけじゃないですか。もちろん研修などを通じて海外ブランチなんかを見学なり実習なりしても良いわけですが、教えてもらおうのスタンスで提案に踏みきれず終わる事のどこが役立つんだろう?と僕はそう思ってしまいます。

WEB業界なんか正にそう、英語を発信源とする場合が大半であり、少しでも早く顧客や自社のサービスにその情報を反映させる、または検討し、報告し、今後の運用にしろ開発にしろ役立てる、知見とする、そういう意識は極当たり前の事。気になる技術革新や情報があれば海外のフォーラムに参加し、意見を交わし合い、必要であればその技術に対する助言をしたり、求めたりする。

これがあるべきプロフェッショナルの形なんじゃないのかなとは思いますが、海外のフォーラムで発言も情報交換も通訳無しでは出来ないのであれば、それってプロのあるべき形としては、当然「英語は学んだ方が“良い”」とはなる反面、忙しくてそれどころじゃないとなる。

英語を使う機会が少ないと言うのであれば、それはプロ意識自体の問題。英語が出来たら広げられる提案の幅も数も人も、情報の量も、圧倒的に伸びるにきまっているのに、それでもしないというのは、それじゃ日本と海外の業界格差は縮まらないんじゃないかなと思います。

理由4.留学を後押ししている企業において、「グローバル人材」の基準がズレている

そもそも論としてグローバル人材という人物像自体を育成しようとしている時点で何か疑問は覚えてしまう自分がいて、一般的な世界のグローバル人材は、恐らく『企業にグローバル人材として育てられた』というような思いを抱く人がいるのかは疑問だし、居たとしてもそれはメンターシップの話である事が多く、企業の育成方針とは異なると正直な所は思うんですね。もちろん成長促進はどこの会社でもやってるとして、それがグローバルに活動出来る人材となるための教育だとは、会社側も思ってないんじゃないかなと感じたりします。

多くの企業がいまだにグローバル人材の定義として『自分の意見がしっかり伝えられる』とか、『異文化に対応出来る』とか、『ストレス・マネジメントが出来る』とか色々定義していますが、正直もっとシンプルな物だと思っていて『外国人として自身のフィールドで国外挑戦をし、成果を出した事がある』人が日本人としてのグローバル人材ということで、僕は良いんじゃないかなと思うわけです。

留学経験があるとか無いとかで、グローバル対応力の有無なんて、まったく全然わかりません。英語を公用語にしようが、グローバル環境下において学生のアルバイトレベルの挑戦もしたことが無い人材がいくら集まった所で、それってうまくいくのかなと思う次第です。

理由5.やりたいことは国外に出ても大抵見つからない

そもそも、1年とか半年とかそこらの期間限定の留学から『やりたいこと』なる物を見つけるなんて人は、それこそ万に一人の超絶ラッキーか、普段から視野を広げる生き方をしていたかのどちらかだと思っていて、個人的にはやりたいことの見つけ方とかそういうのはこの記事で書いたように、これしかないと僕自身は思っていますが、話を聞いて自分なりの分析をする限りだと、親の教育や環境から来る先天的な見つけ方、あらゆる事にとりあえず全力でチャレンジしてみての行動型、そして運命の白馬の王子様に本気で道歩いてたらたまたま出会ったレベルのラッキーを見つけた運まかせ型の3パターンはあるかもな、とは思っていて、現代のような情報過多な社会において見つけられないのであれば、海外に出た所で見つからない事の方が正直圧倒的に多い。

その中でも超ラッキーだったり地頭がそもそもめちゃめちゃ良いような、やりたいことを見つけた万に一人の留学経験を、さも大多数のように取り上げているのが今日の留学の姿であり、そんな幻想は一度壊して作りなおす必要があるようにも感じています。何はともあれ、日本で見つからなくて海外出たら見つかったラッキーなんてのは、自分には関係の無い話だと考えた方が、僕は良いんじゃないかなぁと思うわけですね。(もちろん自分がラッキーに出会う可能性もあるので、挑戦する事を止めたりはしません、それはそれで自由かなとも思います。)

留学の目標とするべき5つのこと

目標1.観光の延長ではない、就労を前提とした留学を

グローバル人材となるための最も効率的な方法は自力で現地企業に就労ビザを出させる事だと思っていて、基本的にどの国であっても現地国民を大事にする中で、自分の優位性をアピールし、相手を納得させ、外国人であることのデメリットを差し置いても自社で働かせるというのは、交渉力、専門技術、人格、そのあらゆる面で一定のレベルを超えて居なければならない、特に英語という意味でのコミュニケーションの面では、天地がひっくり返ってもかなわない場面の方が圧倒的に多いわけだから、それ以外の武器を増やすしかない。

だから、日本人でグローバル人材の獲得をしたいと言うのであれば、方法は簡単で、自分の必要とするポジションにおいて『過去に国外企業から就労ビザのサポートを受けた経験のある人。』とでも募集要項に書いてしまえば良いんだと思います。

ちなみに、就労ビザ取得のためには一般平均以上の給与をもらっている事が条件になる場合が多く、例えばカナダのBC州におけるWEBデザイナーという職種は平均賃金が24.04カナダドル(Job Bank参照)。一般的なフルタイムの週40時間働けば一ヶ月の給与は3846.4カナダドル、超円安のこの時期の為替でも日本円にして330,475円、為替時期によっては40万オーバー。これをもらえなければ就労ビザは出ないわけなので、それ相応のスキルも当然必要になる。「平均以下の給与(誰でも出来る)なら、現地の人雇えよ。」っていう理屈ですね。もちろん、コミュ力を自身の能力としてアピールするのであれば、英語に対する努力は1年やそこらで終わるわけも無い。

基本概念として、現地で認められるという過程の上で『現地人より劣ってはならない』。それが現地就労という面で、一般的な普通の人が歩む上での当たり前となります。

そしてそれが達成出来ようが出来なかろうが、目指す事に対しても、多大な恩恵があることを僕らは知っているため、Frogが推進するような、専門職の留学こそサポート出来る体制を当たり前としなくてはならないし、自分探しは観光と定義して、自身の専門性を意識した渡航を『留学』とすべきだと、僕らは考えています。

加えて、仮に日本以外に国外でも通用した実績があれば、その後の選択肢は無限大に広がります。そもそもFrogのような留学生として迎え入れる人数が少なく専門職だけの留学サポート会社が成り立っている理由も、海外と日本のその双方に対し、Frogを利用した(専門的知識を付ける/付けた)留学生における人材としての価値が高いからに他なりません。

日本市場においても、先ほど留学はブランクを嫌う日本社会にマッチしないという事を書きましたが、それは企業側が『ブランクだ』と判断した場合の話なんですね。「語学学校行って、その辺でバイトしました」ではブランクと見られても仕方ないですが、「現地の専門学校を卒業し、2年間のWEBサービス開発のスタートアップでWEBデベロッパーを努めました」なら、それはブランクではなく『キャリア』の一部なわけです。

またインターンシップも、北米圏における一般常識として「企業が人を育てる」という文化がそもそも無いため、ある程度の技術や能力がなければインターンすら受ける事が出来ない(語学学校やエージェントにお金を払って紹介されるインターンを除く)。なので、海外におけるインターンの質も日本のそれとはちょっと違うわけです。

そして何より、日本企業が口を酸っぱくして語る『グローバル人材』の理想に最も近い形だと僕は思っており、特にバンクーバーのような異文化社会であれば世界各国から訪れる様々な人種の専門家達との繋がりを作る事も可能なため、自分の業務遂行に必要な意思疎通、コミュニケーション、交渉力、あらゆる物を自分の実力があることを前提に、更に引き伸ばす事が出来ます。

ちょっとその辺で英語喋れるTOEIC満点者とくらべても、圧倒的にその実用性が高い事は容易に想像が着くと思います。

また、一度国外で認められるという経験を積むと、その時得た自信というのは生涯に渡り続きます。その自信は不当な待遇に合わない理由に直結し、つまりブラック企業と呼ばれる企業へ入らなければならない理由が消えます。

当たり前ですが、ブラック企業はブラック企業でしか働けないその状況が最大の問題であり、どの国、社会、会社でも働けるという状況であれば、この世に存在するはずの無い問題です。もう一方の問題は、一般的な教育の過程で、そういった適応力を養う教育が全くされていないという点にもあるかもしれませんが、そこは専門外なのでスルーします。

当然国内における選択肢があるというだけでも良いとは思いますが、海外で企業のサポートを受けて就労ビザを発行させるほぼ100%の人が通る、自分が相手に取ってどれだけ必要な人材であるかの交渉力等は、結果的にブラック企業撲滅のための布石にもなると僕は信じています。(別に僕自身はブラック企業で働いたことは無いんですが、それが理由で留学する人が多いので書いてみましたごめんなさい。)

以上の理由からも、海外でスペシャリストとしての経験を積む留学をした人と、観光の延長の留学をした人とでは、得られる物の量も質も全然違ってくるので、スペシャリストとしての留学を目指しましょうって話が、今日はしたかったわけです。

目標2.英語だけでなく、スペシャリストとしての留学を

そもそも、現地の友達を作る言葉と、自分のスペシャリティを持ちその業界人と話す言葉とでは全くと言って良い程その中身は変わってきます。

WEBであれば近年注目されている技術や、相手がビジネスの上で考えている事、これまで学んだ中でキャリアに対し活きた事、これからの業界動向、話を聞くべき人の紹介、自分を必要としてくれる人とのコネクション、その後の交渉、自己アピール、情報シェア、業界人のキャリア、自分の当たり前がどんどん広がっていく過程のほぼ全ては、自身のキャリアにおいてもどれほどの恩恵を与えられるか計り知れません。

そんなの語学留学でも言葉の重みは変えられると思う人もいるかもしれませんが、日本なら『白人と話してる自分かっこいい』が成り立つけど、北米社会においてそんな物は一部の日本大好きな人を除いてありえない。英語もよくわからない、話す内容もふわっとしていて学びが無い、そういう言葉と、スペシャリスト(を目指す人も含め)の言葉では、相手に与えられる情報の量も質も違う。

当然、こっちが与える物が多ければ多い程、相手から得られる物は比例して増える。『この人の英語がもっと伸びれば、自分はもっと得られる物が多くなるかもしれない』ここまで思わせる事が重要だと僕は考えますし、それを目指すべきです。

そのためには、相手の学びとなる知識や情報が不可欠。トリビアレベルの日本文化の自慢話では終わらず、相手の学びと情報になるスペシャリティのある会話がベストだと僕は思うのです。当然、単純な語学学習という視点からみてもこれ以上効率的な方法は無いんじゃないかと思います。

そうやって、スペシャリストとしての知見と情報、コネクションを増やし、英語はそのついでに伸びれば良いくらいのイメージで居る人の方が、僕は圧倒的にグローバル人材と呼ばれる物に近づくと思います。

ちなみに、『スペシャリスト』と書くと技術者の事だけを想像する人は多いですが、交渉だってその道のスペシャリストが居ますし、製造業だろうが、WEBだろうがなんだろうが、プロフェッショナルとして自分の得意とするフィールドを持たない人なんて、そうそう居ないと思います。

目標3.やりたいことは、「なんとなくの留学」ではなく「何かを目指す留学」で見つける

別に絵がちょっと好きなのであればとりあえず海外のアート系の学校にでも行って、1年とか海外で働いてみたら良いんじゃないですかね。ただ留学するより何万倍も得られる物は多いでしょう。

なんかプログラミングとか楽しそうだな、未来があるかもなって事であれば、とりあえずプログラミングの専門学校入って1年くらい働いてみたら良いでしょう。これもまた、ただ留学するより何十万倍も得られるものは多いでしょう。

それでもとにかく英語がやりたい!という事であれば、翻訳者、通訳者とか目指してみてはどうでしょう。英語にも専門性を持たせるので、超大変ですが、それもまた、ただ留学するより圧倒的に得られる物は多いでしょう。

ここで伝えたい事は『なんとなく、留学しよっかな』から得られる物より『なんとなく、これやってみよっかな』から得られる物の方がまだマシ、やってみたけど違ったと思うなら、別の道に選び直せば良いだけだと思うし、やってみた事から得られる物の方が、何もせず適当に過ごすより圧倒的に意味がある。時間はかかっても良いので、ただ誰かに、何かに流される留学だけはしないようにして欲しいと、自分勝手に願っています。

そして、その道のプロになれるなれないは別の話で、なれなかったとしてもそれを目指す過程で得られる物と、とりあえず留学というノリで得られる物とでは圧倒的な違いがあるという事が今日は伝えたいと思いました。もちろん、その道のプロとしての海外活動が詰めるように僕らのような会社があります、もちろん頼ってくれれば出来る限りの事や情報提供はしますが、頼らなくても勿論結構ですので、是非自分の直感でもなんでも構わないので、自分のしたいことを固くならずに選んで欲しいなと思います。

目標4.『日本から海外へ』ではなく、『海外から日本へ』という考え方

一個人のキャリアの面の話ですが、多くの人が『日本で成功したら次は海外』という認識で居ると思うのですが、この定義自体がまず間違いじゃないかと僕は考えています。

まず、日本人である以上は日本ではいつでも挑戦する事が出来ます。キャリアの拘束力が強い日本においては、一度日本で根を張ったうえでの海外展開は非常にしがらみが多い事も手伝って、国外で一個人としての挑戦に踏み切れる人はどんどん少なくなる。

日本では、個人のキャリア(過去の経歴)を非常に重視にする文化なのにもかかわらず、グローバル人材に対しては「英語が出来れば良い」「人間的に魅力的な人であれば良い」みたいなすごくふわっとした空気があり、非常に寛容的だと思うんですね。グローバル市場にて一個人としての挑戦をまったく試みなかった人間がどれだけ集まった所で、グローバル社会における働き方すら分かりはしない。

そもそも、日本で得られるキャリアの根底には『企業に育てられた人材』というベースが多いですが、それは『受動的』であった方が都合が良いという事だと思うんですね。その一方グローバル人材というのは主に『企業を認めさせる人材』である必要がありキャリアの面においても『能動的』である必要がある。これは海外の大学を出たとか、海外年数が長いとかの意味では決してなく、学んだ事や知識、情報、その総力を活かし、その国と企業に自分が必要であると認めさせる過程にある物で、そこから結果的に生まれるのがグローバル人材なんじゃないかと僕は思っています。

つまりは、グローバル人材なんてそもそも企業や誰かが育成しようと考える時点でおかしく、国外にも順応できる適応力を育てようって言うのに、日本の独自文化に押しとどめている時点で謎で、また上層部の声があまりにも大きい日本企業においては、下に着く人間をどれだけ外国人にした所でもあまり意味をなさないことの方が多い。

で、その場合に日本で必要だとされているグローバル人材としての日本でのキャリアを考えた場合、日本の人事制度を前提に考え、日本→海外、では効率が悪すぎる。転職に対する敷居が高い、キャリアにおけるたった数ヶ月のブランクを異常に気にする、学歴至上主義、そして極めつけは30代から渡航するためのビザの選択範囲が狭まる事にもある。

これはワーホリだけの話をしているわけじゃなくて、例えばカナダのような多人種国家において、その地で働き、様々な国の人と仕事をし、名実共に実力を認められれば、次の道筋として永住権(日本国籍のまま、ほぼ市民同様に活動出来る権利)を得られる可能性がありますが、この永住権のカテゴリによっては、渡航年齢が仇となるパターンもあり得るんですね。

また、永住権が取れる、少しでも取る意思があるというのはその国に残る可能性も示唆することがあります。働かせる側に立って考えて欲しいのですが、もしかしたら今後数年に渡って共に活動出来る可能性を持つ人材と、確実に1年やそこらでやめますという人材では、いかに転職文化が盛んな北米圏であったとしても、多少は雇用主側の態度も変わる可能性があるわけでえすね。

なので、別に永住権を取る取らないにかかわらず、若い内に海外で挑戦するという事には、自分の活動範囲が広がるだけで無く、日本でどれだけ必要とされる人間に成長できるかを左右する鍵にもなり得る。

また、個人のキャリア創造という点から見て、海外で得られるグローバル市場における活動(というか、外国人としてその国での実績を認めさせる行動)と、日本社会においてレールの上を走る行動では、得られる物は前者の方が多いと思っていて。日本→海外では、日本での経験はほぼゼロベースとみなされるし何より日本企業は辞めにくいですが、海外→日本では、あらゆる面でゼロからのスタートにはならない。

ちなみに、先ほどから語学留学に対し悲観的に見えると思いますが、それでもTOEICのスコア一つで、選択肢が若干なりとも変わる国が日本なのだから、国外で責任ある仕事経験と、納得の行くスキルを持っている前提のグローバル人材が必要とされない道理が無いわけです。

そしてこの項目の最後に自分なりの言葉でグローバル人材を志す個人へ送りたいと思うのですが、グローバル人材は企業や誰かに育ててもらう物では決して身につかない、自分で成る物だという事を常に心得ておいた方が良いと思っています!

目標5.海外から、さらに別の海外へという可能性

現在、日本からアメリカへの挑戦が出来る技術者、専門職、管理職は本当に極稀だと思うんですね。僕を含めまだまだ実力不足というのもあるんですが、もちろん言語の壁だけじゃなく、純粋に働くための障壁が多すぎる。それはビザの面もそうで、例えばカナダであればその辺の1年程度の工科大学(インターナショナルで150万くらい)の学校に入るだけで3年(※1)は働ける可能性があるが、アメリカの場合は学校に入ったから働けるビザが出るかと言われると、4年制の大学でも確実とはいえないと聞きます。

J-1のような研修プログラムでインターンシップをという人もいますが、やはり1年間だけというのもあり得られる能力値に限界がある上に、他の現地企業に自分から挑戦したりするのは難しい。じゃぁH1Bのような就労ビザを出せる会社で働ければそれが一番なのですが、日本の名も知らぬ会社で働いていた実績と、公開出来ないポートフォリオだけではそれも望めない。そして何より英語圏で働いた事が一切無い(リファレンスがゼロ)というのは、H1Bを出すような大企業の場合だと正直どうなんだろうと思うんですね。

なので、現時点で純粋な就労ビザとしてアメリカで働けるということは、本当に色々な意味で選ばれし者だけという印象が、僕自身未だに強く感じているのと、英語もスペシャリティも薄い状況で行くのでは無く、ある程度世界最大のスペシャリスト達の集う国で振り向いてもらえるくらいのスキルセットを準備して行く方が、アメリカという国において最大限学ぶ上では良いんじゃないかと思うんですね。

そういった面からはカナダのバンクーバーなんかは本当にベストな地域だと思うんですが、理由はここに書いたので、気になる方はご覧頂ければと思います。ただ、ざっくりとした理由だけ書けば、カナダは渡航してから能力向上の猶予期間が現地活動を通して得られやすい反面、アメリカは本当に容赦無い実力主義なので、実力が伴っていなければ誰も見向きもしてくれない。

ワーホリも無ければ学校も高いので、最低限の能力が追いついてない状況でのアメリカ挑戦は、少し無謀なんじゃないかというのが僕の意見です。念を押しますが、あくまで僕の意見であって、何も考えずアメリカ行ってなんとかなったって人も一応います(正確には行ってから考えた人)。あと、アメリカの世界最高峰の大学へ行き卒業出来る人なんかは、もはや僕の話はあまり聞かなくて良いと思います。

なので、そういった様々な国のビザ事情や地域性、立地等を見て、働きやすい地域から英語圏且つリファレンスとしての効力をある程度持つ国と地域、そして仕事内容と必要とされている能力の差異も合わせて選び、英語圏で働いたというリファレンスと共に、日本からももっと、日本でもアメリカでも、もちろんアジアでもヨーロッパでも、様々な国で挑戦してみよう、挑戦しなくても良いけど、挑戦出来ると思える人達がどんどん増えてきてくれれば良いなと思っています。

その結果、世界で通用する日本人(グローバル人材)を受け入れる体制を、企業側も整えていく必要があるんじゃないかなと思う今日この頃です。

※1.1年目:学生ビザ(専門であれば週20時間の就労が可能)、2年目:就労/実務経験(Post Graduation or Coop)、3年目:就業経験(ワーホリ)等

以上、いかがでしたでしょうか?

ちなみに、グローバル人材って流行語みたいだからとりあえず使ってみましたが、僕の認識では『様々な国と人種の隔たりなく、あらゆる意味での利益が生み出せる人間』みたいな感じで考えています。間違ってたらすいません。

あと、ワーキングホリデーを無作為に何の計画性も無くとりあえず使う人も多いですが、専門性の高い留学を考えるのであればやめてください。未来の可能性の一つを潰す事にもなりえます。それから、相談するなら出来ればワーホリ利用前に相談してください、ワーホリ取った後でどうしようっていう相談が減る事を祈っています。(もちろん取った後でも可能性は残ってるので相談はいつでもどうぞ)

それから、当然ながらこの記事はある意味宣伝です。ですが、記事に書いた事は僕らは間違いなくそうだと思っていますし、この会社を作った理由もそういう自分たちの経験と知見からくる物なので、どうやったってFrogの宣伝にはなります。

ただ、多くの人が人生の転換期として考える留学だからこそ、僕ら自身がそうだったように、本当に3年後の自分の選択肢を広げる留学にしてほしいと思っています。

それではみなさま、良き留学生活を〜。